2012年03月02日

谷口末廣さんのミンダナオ島戦争記録 24


10) 投降の決断

 芋畑に決別して5日目ごろに、例の飛行機による2回目の伝単のばら撒きがあった。しかし爆撃はここ10日間、全く無かった。また日本兵や日本兵の屍にも出会わなくなり、日本軍は既に撤退し、我々だけが取り残されてしまったのではないかという、いやな不安感が涌いてきだした。芋畑で分けてもらったり、隠し持ってきた芋も無くなった。自活できるような畑に出会うような可能性も殆んど見込めない。

  6人の中で一番衰弱している杉山一等兵が、早く死んで楽になりたいと言い出した。最も元気な支那事変体験者の前田兵長は、班長は「神は必ず我々を見殺しにはされない。もう1日、もう1日、探そうと引っ張ってきたが、もう限界ですよ。畑探ししているうちに野垂れ死にしてしまう。どうせ死ぬなら山を降りて、飛行機に突入し、敵の1機でも焼いて戦死した方がましですよ」と言い出した。

  私には、少なくとも5人を無事にそれぞれの家族のもとに帰らせなければならないという責任と義務がある。アメリカは捕虜を殺すのか、殺さないのか。私以外の5人は必ず殺すと見ているが、私は殺さない方にかけたい。

  そうだ、兵隊5人は野垂れ死にするより戦死することの方を選んだのだから、明日から山を降りることにしよう。降りているうちに日本軍にも出会って、色々な情報も得られるだろう。自活の道を選び、結果的に野垂れ死にするよりも、まだ口には出せないが捕虜となって生きることを選ぶ決心をした。

  よし、明日から飛行場を目指して山を降りることにする。降りるにも食料がまず必要だから、10日程前に追い出された芋畑の様子を見ることにした。もぬけの殻で、芋は掘り尽くされており、人は誰もいなかった。





posted by 農耕民 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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