2011年12月31日

今年の農作業を終わって


色々な実験的なことをして楽しんだ

 今年は春温床でタマネギの種を蒔いて春タマネギとして育てた。中玉程度のものが取れたが、温床で遅くまで育てるより早めの移植がいい成績になることが分かった。寒さが厳しいからと逡巡し、遅くまで移植しなかったものは小玉となった。寒さが厳しい時には苗取りは丁寧にし、移植は深く植えることがいいと思う。

  サツマイモは300株程度植えた。肥料が効いたのか成績が振るわなかった。蔓暴れ現象が起きた。茎葉だけがやたらに繁茂し、肝心の芋を作るほうにエネルギーが廻らなかった。その結果サツマイモは美味しくもない。収穫する意欲をなくしていいたら、サツマイモドロボーが頻繁にやってきていた。最後の取れたものには凍傷にも合った。

  次の話題は鷹の爪をたくさん作ったことだ。葉トウガラシの佃煮をして食べるためだった。鷹の爪の葉を取るのに茎のところから切るようなに収穫した。幸い切ったあとに新しい芽が出てきて、それでも唐辛子の収穫にはこと欠かなかった。この唐辛子の場合、初めて本格的に作った初体験である。

  今年はネギを沢山作ったが、万能ネギを大きくしたものを作った。通常は小さなネギが万能ネギとして知られているが、私はこのネギを大きく普通のネギのように育てた。このネギは葉ネギの部分が柔らかくて美味しいと評判が良かった。けれど最後の頃になるとネギが足りなくなった。

  最後の話題はサトイモとヤツガシラの作柄を話そう。今年は割合沢山作ったつもりだが、来年の1月の中ごろには全部消費してしまいそうだ。私の野菜を畑に行くたびお分けする人が現れ、この人の分が新しく加わったので、春まで収穫物を蓄えておくことが出来ず、それでも作柄は大体いいほうであった。










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2011年12月30日

冬の間の農作業 6


果樹の剪定作業

 梅、梨、柿、キューイ、栗など果樹が植えてある。冬の間に剪定をしなければならない。この作業が遅れるといい物が取れない。キューイは棚作りから始めなければならない。しばらく放置していたので蔓草が巻きつき花さえ咲かないでいる。今年はこの草だけは取り除いたが、棚作りという仕事が早速待っている。

  一番手間がかかるのが本数が多いのは栗の木だ。これの剪定には下草を取らなくてはならない。あくまで趣味の作業だし、ブログを3本毎日アップをしながら、畑まで2時間掛かるところで農作業をしているのだ。それに年2回の自然交遊会を主催し、その会合の前後に1ヶ月、用意や片づけに時間が掛かる。

  12月は年賀状に凝っているので、大体1ヶ月は要する。それに自然交遊会に来る人との交流はいとわずやる。これが農作業より人生では大切と思っている。数え上げたらこんなことになる。それだけに畑仕事はかなり荒い作業であると見ていい。そんな事情を伏せて農作業の記事を書いているのだ。

  あまり手本となるような記事はない。それでも皆さんこの農業ブログの記事を3本にうち一番見てくれる。時代がこんな頼りがいのない記事を見てくれていると解釈し、真実を告白するのだ。それでも言えることは、わざわざあんなところにまで足を運ぶ、そんな行為が健康のためになっていると。




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2011年12月29日

冬の間の農作業 5


来年用の温床作り・発酵材の投入

 昨年作った温床の土を取り除いて、そのあとに枯葉、ヌカなどの発酵材をこの穴に投入する作業に入る。ヌカが多いほど発酵力は増すが、枯葉もヌカには叶わないが発酵熱を出す。それだけに私のやり方は、枯葉をある程度投入したらヌカをその上に入れる。それに水掛けもする。水があって湿り気があると発酵菌の活動が活発だ。

  枯葉は乾燥していても腐らないうちはかさばる。踏みつけたり水を入れたりで出来るだけ沢山の枯葉が投入できるようにする。日にちが経てば温床の表面の地盤沈下が起きる。これは想定内と受けとめる必要がある。温床の発酵財としての枯葉が投入がされ、発酵が進むと言うことは腐ると言うことだ。

 そうすれば温床のレベルが下がり、地盤沈下を起こすと言うことを頭に入れて作業を進める必要がある。つまり植床のレベルが下がるのを想定し、最後に入れる植え土を入れる量を考える必要がある。それは枯葉も多めに入れ、それに水をかければがさばりが弱くなり落ち着く。そんな中で最後に入れるのが植え土である。

  この植え土を私はサギがいなくなった竹やぶから調達する。竹は常緑であるから一斉に葉は落ちない。けれどいつ代替わりがあるのかよく分からないが落ち葉が積もっている。そんな竹やぶにサギが営巣すれば糞が落ちる。そのような竹の葉の落ち葉の下の土を植え土として使う。

  この土は腐葉土混じりで、その上サギの糞が適当に混じり、しかもよく腐っているので窒素分が沢山入ったものと認識している。それを枯葉の発酵材の上に植え土として入れ込む。この土の重さで発酵材の枯葉やヌカはだんだん圧縮されていく。その上、時と共に腐りが始まり、底の方では発酵熱が出てくると共に枯葉がいい肥料となる。




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2011年12月28日

冬の間の農作業 4


来年用の温床作り・温床の土の除去

 さて、アスパラの移動が終わった温床に新しい発酵材を入れて、発熱させて暖かくする必要がある。そのために古い発酵材は堆肥が一杯入った土として使えるが、これはもう発熱しない。従って新しい発酵材を入れて発熱させる必要がある。そのため古くなった植え床を取り除く必要がある。

  この発酵材にはヌカと落ち葉が使われた。表面は土が使われているが下の方は落ち葉の堆肥である。アスパラがよく育ったのは、この堆肥の塊に根が深く根付き養分をたっぷり吸ったためである。このためこの温床から取り除く土、これはつまりよく発酵した堆肥だと理解できる。

  これを丁寧に掘り出し、来春力を入れて育てたいと思う柿の接木の肥料として使おうという考えでいる。今年柿の接木を10本くらい手に入れた。この柿の木にはそのまま土に埋め込んでおいた。本当はこの温床でよく発酵した堆肥を根元にでも沢山投入してやりたかった。

  こんなよく発酵した木の葉などの堆肥は、根腐れなど起こさない非常に優しい肥料となる。堆肥と言うよりいい土という感じのものである。こんな作物にやさしい肥料は直接根に触れても問題は起きない。こんないい土が沢山出るので、来年少し暖かくなったら、この土を苗木に活用するつもりでいる。

  こんな温床の土換え作業が終わると、今度は枯葉などの投入作業を行うわけである。こんな段階に一気にはいけそうもない。土留めに使っていたコンパネの修理がありそうだ。深く掘った温床の囲いをコンパネで行っている。外側の土の重さは温床の中に流れ込もうとする。そのためコンパネの土留めも修理もする必要がある。




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2011年12月27日

畑に野菜を取りに4日振りの日帰りで


北風は吹くが日差しはあった

 年末のこの時期農作業は少ないが、自宅では年賀状を書く作業が新しく加わる。自然交遊会という「畑に来て仲良くしないか」と言う会合を主宰している者として、人との「絆」を求めるのはメインのテーマである。震災後「絆」が叫ばれているが、この交流は人との絆の縁を深めることだったと、改めて認識を新たにした。

  バブル時代は年賀状が手書きから印刷物に移っていった。儀礼化、形骸化が進んだと見た私は年賀状の廃止に舵を切った。こんな時代が長く続いたが、自然交遊会を主宰するようになってからは、考えが変わった。自然交遊会へのお誘いの案内状でも、年賀状でも人との交流を常に呼びかけてきた。

  そんな事情があって4日間ほど自宅に引きこもって年賀状を書いていた。こんなことをしていたのでは体には決してよくない、野菜も欲しい、畑の状況も見ておきたいということで畑に出かけた。その畑の状況だが,フキが寒さで枯れ始め、温床のアスパラ苗のうち元気なものはまだ葉を繁らせていた。

  正月用の野菜としてサトイモを保存場所からとりだし、大根は畑から、ニンジンも凍った畑から掘り出し、収穫だけをしてあとは何もせずに帰宅した。畑に行けば色々気付く、だが今頃の夕方は寒くなるので、日が落ちないうちに出発したい。それで4時の畑を出たが直ぐに日は落ちた。

  畑も日照が限られたところはまだ氷が解けず、寒さも厳しい。こんななかの帰宅だが、畑に行く時は北風で向かい風だ。帰りは送り風で20キロほどの荷物を積んで帰宅した。少しハンドルにくるような重さだったが無事帰宅した。夜は運動が効いたのか、寝ていても体がポカポカで運動の効果を実感した。




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2011年12月26日

冬の間の農作業 3


来年用の温床作り・土木工事

 今年で4回目の温床作りとなる。資材不足や予算制限のなかで温床を作っている。色々な壁に打ち当たりながらも、思うようにならないがそれでも楽しんでやっている。それは営業のための農作業でないところが、楽しめるのだろう。順調に行かなくても来年の経験としてみていく余裕が、こんな気持ちにさせてくれるのだろう。

  今温床にはアスパラが植わっている。この移動から始めなくてはならない。その後は昨年の温床の植え床の土を取替える必要がある。昨年のものは肥料が一杯詰まったいい土になっているが、もう発酵が終わり発熱しない。温床は発酵するものを入れて発酵させる。その発酵熱を使う暖かい畑を作ることだ。

  発酵が終わった土を外にだす作業がある。重いものだけにそれなりに手間がかかるものだ。その土が掻きだされたあとの空きスペースに、落ち葉、枯れ草などを入れる。その上私の場合はヌカを入れるつもりである。ヌカの場合は落ち葉などに比べ発熱力は抜群に高い。

  しかしヌカだけで発酵材とするには熱は出るが、量が多いと調達が難しい。一昔前なら鶏の糞を乾燥させたものが売られていた。今は産廃物ということでこんな販売は出来ないことになり手に入らない。牛の糞、豚の糞などの発酵させてない生の物が同じ役割を果たす。

  こうした入れ替え作業をするわけであるが、今年はコンパネ1枚分の長さを拡張したいと思う。今までの温床の横にくっつけて拡張するつもりでいる。このところの土を掘り、コンパネの1枚分の深さで土留めをする。この土留め板にコンパネ1枚を更に継ぎ足し風除けにする。こんな温床の仕事が待っている。




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2011年12月25日

冬の間の農作業 2


冬の作業が春の植え付けに大きく影響

 一昨年は自然交遊会の準備に忙殺され、温床で作った苗を移植するのが遅れた。折角自作の苗であるのに満足に育てることができなかった苦い経験がある。今年はそれほどではなかったが、それでも移植が遅れたものがある。こんな状態に追い込まれるのは、冬やっておくべき作業を軽視したためである。

  冬の間に春の準備をしておく必要がある。冬は作物を作らないから畑の管理がおろそかになる。しかし冬草を生やしてしまえば、春になってこの草を取り除いて整地するのが厄介である。冬草は上の緑は小さいが下の根が非常に大きく張っている。こんな土はなかなかほぐれない。

  つまり上の草だけとっても、下の根がしっかりと土を固めるのでなかなか崩れない。こんな冬草は夏草のあっさりした根に比べ、それは厄介と言うものだ。それだから隣の畑仲間は、秋作の畑を綺麗に耕している。そうすれば冬は乾燥するので一旦耕せば草が生えずらくなる。

  そのために秋の畑をそのままにせず、耕しておくことにする必要を感じる。不耕起農法に凝ったころにはこんな考えは否定的であったが、今は不耕起で畑を作ることは、無理にしない方がいいという考えに傾いている。それで冬には一度畑を耕すことにしている。隣の畑仲間はもう耕しを始めたようだ。

  一度耕したからといって、3月から4月までこのまま草が生えないと言うことはない。土質や雨の状況などいろいろな条件があるのだから、一概には言えないが何回か面倒を見なければならない。草が小さく扱いやすい時に草を退治すればかなり手間が省ける。草への対応は遅くなるほど厄介になると言うことを学んだ。




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2011年12月24日

冬の間の農作業 1


温床で育つアスパラの移動

 温床の準備を1月中にしなくてはならない。それまでに今温床を占領しているアスパラをどうにかしなければならない。移植をしたいがまだ植える畑の準備が出来ていない。そこで考えているのが温床の外側の空き地にまとめて仮植えしておこうかと考えている。ここはビニールで覆われる暖かい場所だ。

  今もこの温床に育つアスパラの大半は、露地のアスパラが既に枯れてしまっているのに、まだ青い葉を繁らせ大きくなっている。温床が板で囲われているので、風が吹き込まず暖かいからである。アスパラは3年くらいしないと収穫できない。この分では来年は2年物の小振りのものが取れそうである。

  出来れば冬の間にアスパラ畑の開墾をしたい。今まで昔イチゴが植わっていたところに植えるつもりだが、ここは以前耕していた。昔イチゴを放置していたので荒れ果て、通常のやり方で畑にするわけにはいかない。これは開墾と言わざるを得ない状態まで荒れているのだ。

  昔こんな荒れたところに耕しもせず、穴だけ掘ってアスパラを植えたことがある。出てくる草を丁寧にとることでアスパラを収穫できた。しかし地下にヤブガラシの草の根があったので、次から次へと蔓草が出てきて面倒だったことを覚えている。今回はちゃんとこんな根を除きたいと思う。

  こんなことは分かっているが、アスパラの畑作りはもっと先になるだろう。このように考えてくると、冬の間にやっておく必要な作業が目白押しに浮かぶ。イチゴの移植も秋にすべきだったが、これもできていない。ネギ苗の移植も昨年より多く植えるつもりである。栗や梅、桃などの剪定もある。そんな作業を想定して順次書いていく。




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2011年12月23日

秋のフキがまだ元気な葉を繁らせているが


いつ寒さにやられて枯れるのか注視

 この間畑で泊まったときに、畑は凍っていた。少し木立の中に生えているフキもその寒さに参ったのか、凍傷にかかったように色変わりしていた。ところが日が照ってくると全く凍傷などかかっていない風になった。毎日私が知らないうちにこんな寒さに耐えて春を待っているのだと言うことに気づく。

  しかし毎年寒さにやられ間もなく葉が枯れる。その枯れる時期を知りたいからこんな記事を書くのです。本当の寒さがこのときやってきたといえるからです。12月20日はまだ元気だった。12月は畑仕事もあまり緊急の仕事はない。その上年賀状がこの先待っているので、すぐには畑にいけない。

  秋のフキは一見柔らかそうでおいしそうだった。2回ほど取ってきて食べたがあまり香りがない。つまりフキらしくないので、パートナーもフキ好きだがこんなフキは要らないとリクエストがない。寒い時期の野菜は少ないので持ち帰りたいと思っていたのだが、見事断られてしまった。

  同じように今寒さに耐えて生き残っているものに、ミツバがある。このミツバは苗を買っておいたが直ぐに花が咲きミツバとしては利用できなかった。放置していたら、自然に種が落ちこれが元気に育った。このミツバもフキ同様香りは殆んどないが、正月の雑煮用の青物として利用するつもりだ。

  このミツバはビニールで覆い寒さ対策をしている。フキはこんな対策などするものではないので、関連お話としてミツバを登場させた。冬場の話題は限られてくる。こんな話題を提供し、次は冬場の仕事として色々あるので、そんな話題も拾って書いていくつもりでいる。




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2011年12月22日

自転車で片道25キロを走って畑に行く


最近は帰宅時20キロくらいの荷物も積んで

 慣れとは恐ろしいものだ。もう日帰りしても1日休めば畑に行く気になるほど回復している。畑の収穫物を自転車に積んで帰ってくる。そのときには20キロに達する荷物を持ち帰ることもある。ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、栗、大根など重いものが主役の時にはこの重い荷物で帰宅する。

  それで車道を走ってくるわけであるから、ふらふらしていては危ない。脚力が強くならなければこんなことに対応できない。途中橋などがあるがここは坂道になっているが、ギアチェンジでこの坂を荷物を積んだまま乗り切っていく。こうして脚力は続けることで増して来た。

  そんな訓練が行き届いたのか、労働時間が長いのより自転車をこぐほうが楽と言う判断に傾いたのだと思う。最初のころ自転車で畑に行けば、腰が痛い、腕がしびれていた。それが今では他のことを考えていれば、自転車で通う節目のポイントを過ぎたことさえ忘れて通過している。

  だんだん畑が近くなってきた感じである。しかし自分は高齢者であることは忘れない。疲れた体のメンテナンスは欠かさない。それはマッサージをすることだ。マッサージをすることは、体を解し疲れをとることだが、この行為の中心課題は血液の循環を良くすることだと心得ている。

  こうすれば高齢であっても回復はしていく。そんな強い味方は銭湯に入ることである。何時も熱い湯(46℃)に入り1時間に500グラムから1キロの汗を出す。汗が出ると言うことは血液循環が盛んであるのだ。このトレーニングも20年近く積んだ。こんな伏線が今日の自分の行動を支えているのかな、そんな考えにいたる。




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2011年12月21日

畑へ「日帰りか」「1泊する」のか、その感想


どちらが自分の体にあうのか模索

 大体趣味の野菜作りに片道25キロも自転車で通って、そこで農作業をすると言うこと事態問題である。こんなハードなことをやろうというのであるから、初めから体に無理がかかると言うことが想像される。その上年齢が80歳になる高齢者だ。しかし人間の体というものは時間を掛け、慣らしていけばクリアーできるものである。

  その上2〜3年前から一晩泊まりも導入して来ている。しかも真冬もこんなところで過ごしてきている。豊かで穏やかな生活になれた人々は、こんな生活に驚き、無理はしないほうがいいと忠告してくれる。私は急にこんなことを始めたのではない。時間を掛けこんな生活に慣れさせてきたのだ。

  思えばもう10年以上前、自転車はどんな具合なのか挑戦してみた。それが自転車で畑に通う始まりだった。60代の終わりだった。今よりかなり若かったが、このときの苦労はとてもじゃないが今よりかなり苦しかった。今は10年以上も年をとったが、今のほうがどんなにか楽であるのか分からない。

  従って日帰りと1晩泊まりとではどちらが楽なのかと言う問題になる。昔とは次元が違うくらいの差が出ている。今はこの比較の問題をすることにしたい。しばらく1晩泊まりで行っていたので、通うと言う面では楽である。しかし1晩泊まると労働時間が長くなる。そんな面では疲れがたまる嫌いがある。

  そんなことを考えると、どうやら日帰りのほうの疲れが少ない気がする。1日の走行距離では日帰りは50キロになり、その上6〜8時間の農作業がある。1晩泊まると通勤は楽だが、どうしても畑にいれば頑張る。ゆっくり休む気になれずこの方が疲れる。今は自転車の脚力はついたので、日帰りのほうが疲れないと言う感想である。




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2011年12月20日

寒さが厳しくなり、畑の小屋の改造に取り組む


1ヶ月ぶりに畑で1泊する

 最後に泊まった時にはかなり寒かった。それが原因で喉に腫れが来て痛んだ。俗に言う風邪という症状である。扁桃腺の腫れを伴う風邪を引いた。少し微熱があったので、久しぶりの風邪ということで大事を取って畑に行くことを1週間休んだ。このところ一年1回は風邪を引いている。昨年も扁桃腺で休んだと言う記事を書いた。

  次に畑に泊まる時には、畑の小屋の寒さ対策をしてからにしなくてと考えていた。あれから1ヶ月、遅まきながらもタマネギの移植が忙しかった。これが終わるまではと、その間日帰りの畑行きが続いた。まだ小さい苗のタマネギ苗が残っているが、この苗にトンネル掛けして来春に移植を考えている。

  そのため畑の小屋を改造できる段取りに入れた。夏場は蚊に襲われるので二方面の壁は野菜に使う虫除けネットで固めていた。寒くなってきたのにカーペットなどで風を防ぐ手立てし、こんな状態で寒さ対策が行き届かないところで泊まっていた。最後に泊まった時には北風が小屋を吹き抜け寒かった。

  寝具は十分あるので布団の中は寒くはなかった。けれど外気がモロに入るので喉を痛めた。こんな条件でも大丈夫過ごせると踏んでいたが、読みが甘かった。そのために板張りで風が入らぬよう大工工事をした。昼ごろから午後9時に終わって、食事後10時に床に入る。

  湯たんぽがあるので、携帯ガスコンロで湯を沸かし寝た。風邪を引いた時より小屋の寒さは大分和らいでいた。風邪は引かなかったけれど自宅ほど熟睡は出来なかった。布団の中は湯たんぽの力もあり寒くはないが、心の奥底で寒さをなんとなく気にしていたのだろう。これからもこんな挑戦の畑生活をするつもりである。




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2011年12月19日

ヤツガシラの天ぷらにも挑戦


澱粉が詰まって割合天ぷらにあう

 寒さが厳しくなると畑の用事が少ない。従って話題が少ないが、それでも畑のものを食べる話まで広げると色々ある。毎日ブログを継続していくのは私のテーマでもあるので、昨日は大根の天ぷらの話題を書いたが、今日はヤツガシラの天ぷらの感じなどを書くつもりである。

  この天ぷらは憲法9条の会の望年会の差し入れ用に作ったもので、割合沢山作る必要があった。それだけに畑の野菜でこれを間に合わそうと工夫が必要であった。初めはサトイモでこれをやってみようかと考えたが、ヤツガシラのほうが澱粉が沢山詰まっているので、この方の都合がいいのかなと思った。

  ヤツガシラの小芋を使うのであるが、比較的大きい芋を選んで平たく4つ切りにしてあげた。小振りなわりには結構味が詰まっていていい天ぷらの材料になると思った。サツマイモは甘く澱粉が詰まったものが美味しいのだが、このヤツガシラの場合は甘くはない澱のがポクポク感を演出出来ている。

  酒のつまみにはサツマイモよりこのヤツガシラの天ぷらのほうがあう気がする。畑の材料の中で天ぷらの材料を探すのだから無理な面もある。けれどこんなことが新しい天ぷらの材料としてテストできる面では面白いと言える。今回は予定してはいたが、やらなかったものにネギの天ぷらがあった。

  今回初めて憲法9条の会で望年会を行った。その差し入れのための天ぷらを畑の材料でやった。自転車での畑行き、ブログ3本継続、そしてこんな天ぷらの差し入れに皆さん驚いた。「高齢なのに元気だ」と。来年は自然交遊会も20回目を迎える。益々皆さんとの交流が広がってゆき、生きている実感がする。




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2011年12月18日

ダイコンの天ぷらをやってみた


案外評判が良かった

 私は戦争を潜り抜けた世代だ。あんな戦争をしたことに批判的である。そんな反省もそこそこに、冷戦を戦うためにアメリカから軍隊を持つことを求められた。憲法を形骸化していつの間にか立派な軍隊が出来た。もし軍隊が日本にとり本当に必要なら、正式に憲法を改正してからやっていくべきだと思う。

  ところが憲法の拡大解釈を重ね、黒いものが白くなるほどの解釈をして軍隊が出来た。私達高齢者はこんな日本国の変質を身を以って体験した。そんな現実に憲法を変えていこうという流れが何時も起こっている。その憲法で一番大事な規定が憲法9条で、この9条を守ろうと言う運動がある。

  私はその憲法9条を守ろうという地域の会に参加している。その会の「望年会」が18日の日曜日にあった。忘年会でなく望年会と言うのが面白い。わざとこんな呼び方をしたのだ。来年を思って集まろうと言うものだ。その会の皆さんに天ぷらを食べてもらおうと、畑で取れるもの中心に天ぷらの材料を賄った。

  この日自分が考えた素材で面白かったのはダイコンの天ぷらであった。この素材は天ぷらには不向きとされているのか、誰も食べた人はいなかった。それだけに皆さんの関心を呼んだ。天ぷらを揚げて2時間くらい経っていたが、それでもおいしいと言う評判が出た。

  ダイコンを輪切りにし、その切り口に軽く塩をして衣に付けて揚げるのだ。一番いいと思うのはこんな揚げたてを食べるほうがいい。時間が経ったら食感は減退する。水っぽい素材だけに早いほうがいい。あっさり素材としつこい油との取り合わせもいい調和が生まれるようだ。面白い挑戦で皆さんとの交流が進展して楽しかった。




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2011年12月17日

このところスコップでの畑の耕転作業が楽に


10年前には腰などが痛かったことを思い出す

 人間の体は年をとればそれなりに衰えるものだ。しかし上手くやっていけばそんな想定を超えることがあると知った。昨日スコップで畑を耕してそんなことを感じた。10歳も年を取ったのに10年前のときより楽になったことを感じた。今日はそんな話を話題にしたい。

  10年前はまだ畑に行くのは車であった。体もまだまだトレイニング不足で体がなまっていたのだろう。スコップを使っていて一番大変と感じたのは腰が痛かったことである。それが今では余り腰に来ることはなくなった。スコップで土をすくったものを持ち上げる腕の力も増してきたようだ。

  昨日このスコップ耕転作業をしたのに、翌日の今日は殆んど腰に痛みとして来ていない。10年前と同じ面積を耕したのに、これはどうしたわけで楽になったのか検証してみたくなる。色々考えてみるに、これは10年間を掛けて体のレベルが上がってきたのではないか、そんな結論がでた。

  体はどうやらレベルが問題となるようだ。どこか体のなかで弱いところがあると、そこの支援に体の力が使われるようだ。疲れた体を元にもどそうと私はマッサージをする。その際問題の箇所が固くなっていることを知る。血液が集まり戻りが悪くなっている、つまり循環が悪くなっていることだ。今はこんな対策も欠かさない。

  車で動いていた時代は効率重視に傾きがちである。徐々に自転車に切り替える中、腹筋、腕立て、鉄棒など部分の筋肉をつけることもやってきた。こんな運動が自転車での畑行きを楽にした。今では日帰り4時間の自転車での畑への通勤も苦でなくなる。こんなレベルアップが畑での作業に反映したのかな、そんな結論に達した。




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2011年12月16日

タマネギ苗の根が出来るだけ深場に届くような植え方に 2


最後に種蒔きした苗は5センチ未満

 タマネギの種を最後に種蒔きしたものはまだ移植するには小さすぎる嫌いがある。苗が5センチにも満たないくらいなものである。寒さが来てはもうあまり大きくなると言うことが期待できない。そんなタマネギの苗を植え始めた。こんな小さな苗でも丁寧に植えれば移植が可能ではないかと言う気がする。

  こんな小さな苗でも、丁寧に苗床から苗を引き抜くのを丁寧にやれば根がしっかりと残る。苗部分が5センチでも根はその倍もある。10センチの根が有るのだ。12月14日に畑に行った際、この小さな苗を植えてみた。この畑は竹やぶに面した比較的風が弱いところに植えた。

  春に種蒔きして植えるより、こんな小さな苗でも秋に植えるほうがいいのではないかという気もする。サトイモの畑が空きになっているのでこの場所に植えることにする。このタマネギはあくまでも余禄のタマネギで、出来ても出来なくてもいいようなもの。もう既に1000株の苗を植え終わった。

  昨年は1500株も植えたのに、500株くらいしか生き残れなかった。こんな目にあったのは移植に問題があったと見た。あまりたくさん植えたので少し植え方が乱暴だったのか、今はそんな解釈をしている。その上昨年は畑が非常に乾いていたが、枯れたのはヌカの入れ過ぎと理解していた。

  タマネギの移植はそんなに難しいものではない。それだのに色々と失敗している。今回は小さな苗でも植え方を丁寧にやれば活着できると思っている。こんなことを通じ本当の原因が何かつかめると信じている。それだけにこだわっているのだ。そのうちに秋にタマネギを取れるようにしたいというのが、次のステップになる。




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2011年12月15日

氷が張る寒さが来てその対策に追われる 3


サトイモとジャガイモを慌てて収穫

 ジャガイモは涼しい時期の作物だけに、寒さで秋作のジャガイモの葉が傷んでも土に埋もれている芋にはダメージはない。しかしサトイモは土が凍ると腐らした経験をもっている。土の表面に近い芋ほど腐りが強く、深場の芋は越冬して翌年芽が出てくることがある。

  サツマイモは5℃くらいを境に凍傷になると言うことを聞いている。その点サトイモはもっと低温に強いと思う。サトイモについては原産国などの情報を勉強したわけではないが、セレベスと言う種類があることを知っている。この芋の由来はインドネシアのセレベス島(スラウェシ)からの伝来と言うことである。

  そんな理解から南方系作物だと理解している。暑い時期水分が豊富なところで作るとよく出来ると理解している。このサトイモには連作障害があるということを今回初めて知ったが、私は同じ畑で7〜8年も作り続けているが、あまり連作障害を感じたことはない。いつも同じくらい取れている。

  その連作障害よりも、毎年同じ畑で作り続けていると澱粉系の作物ゆえ、ネズミがこの芋を食糧にして住み着くことがおきている。そのため連作障害よりサトイモの種芋を狙うネズミの被害のほうが問題である。その被害は春先から夏にかけおきる。芋が収穫できる秋には他に食べ物があるためか、ネズミによる被害は起きない。

  少し収穫が遅れ凍傷の心配をしたが、殆んど問題はなかった。地中に埋めたドラム缶に来年用の種芋として、食べない親芋を保存した。その親芋がドラム缶半分ほどになった。1株につき2個くらいの親芋が取れるので、これを保存した。親芋は大きいので勢いのある種芋として、最近はこれを種芋として大切にしている。




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2011年12月14日

氷が張る寒さが来てその対策に追われる 2


サツマイモを堀上げ仮埋めしておいたが

 サツマイモは寒さに弱く、5℃以下になると凍傷の心配がある。そんな中寒さが来て慌ててサツマイモを堀上げ、そのサツマイモを土に埋めて置いた。その後冷たい雨が降り腐る心配をしていた。そのため帰宅時にサツマイモを持って帰ろうと埋めておいたサツマイモを掘り出した。

  そのとき既にサツマイモが凍傷にあったらしく、一部に腐りが出ていた。こんな点検をしたのが、穴3個掘って埋めておいたうちの1個である。慌てて他の2個も堀上げ,川で洗って自宅に持ち帰れるようにして、一度に運べないのでとりあえず作業小屋に仕舞いこんだ。

  今年はのんびりしすぎて、寒さ対策が遅れた。自宅にとにかく運び込み凍傷から逃れたいものだ。この中から来年の種とするものの選別をし、年明け後温床を作ったら早速暖かい温床で発芽を待つことにしたいと思っている。今年つくったのは紅東、安納芋、関八、鳴門金時など4種類に及んだ。

  種にするのはいずれもこの4種類である。来年は出来れば関八を多く作りたいと思っている。私が気に入ったサツマイモである。まだ「コガネセンガン」とか「太白」と言うサツマイモがあるが、どこかでこの苗を手に入れ作ってみたい。まだまだサツマイモには拘ってみたい。




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2011年12月13日

氷が張る寒さが来てその対策に追われる 1

 
まずタマネギの移植を終えることが先だ

 昨年の経験はもう大分記憶から遠のいているが、タマネギ苗を沢山植えたことを覚えている。そして沢山枯らしてしまったことも。今年も又タマネギを沢山植えるつもりで種蒔きしている。これまでの計画では11月中に移植を終わらせるつもりだったが、12月の今もまだ移植をやっている。 

 今氷が張るような厳しい寒さが来て、これは自分の判断が間違っていたことを知った。こんな記事を書きながら、ふと昨年はどうしていたのだろうかと言う気になった。そこで昨年の12月の当ブログのリンク記事を見た。いくら探してもタマネギの移植話はない。移植したタマネギが枯れだしていると言う記事が出てきた。 

 それではと言うことで11月のブログ記事を検索してみて驚いた。昨年は11月9日には移植が終わっていたのだ。今年より1ヶ月も早く移植が終わっていたのだ。これには驚いた。いい加減なやり方で農作業をやっていたので今になって慌てているのだと言うことを感じる。 

 畑の条件が昨年と違っているのは、昨年は雨が少なく畑が乾燥していたが、今年はよく雨が降ってく土がよく湿っていることだ。その上今年は丁寧な移植している。まず苗の根をいためないよう丁寧に引き抜き、その根を深場に定着するような植え方している。こんなやり方をすれば何とかなる気がする。

  1ヶ月も段取りを間違えるなんて、恥ずかしいものである。なぜこんな事態を招いたのか考えてみる。それは今年の残暑が厳しかったのも一因だ。秋の種蒔きが暑さのため遅れた。寒さが早めに来るとこんな目に合うのは当り前だ。それに体調を何回も崩したことも大きな影響があった。所詮趣味の農作業で、成績にあまりこだわることもない。




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2011年12月12日

タマネギ苗の根が出来るだけ深場に届くような植え方に


10cmの根を縦に伸ばして植えるのだ

 今まで霜柱で立ち枯れしたタマネギ苗は貧弱な苗でおきた。これは苗が小さいからおきていると解釈していた。いまはこんな解釈は一面的と見るべきで、小さい苗でも根が十分ついている苗がいい苗ではないかと解釈し、この根をしっかりと深場に根付かせることが大切ではないかと思っている。

  そのため今回は10cmにも伸びた根を縦に伸ばして植えるよう気をつけた。今まではどうかすると浅い穴を掘り、そこに根を横たわらせて埋め戻していた。これでは寒さが来て霜柱が立てば根が浮き上がる。こんな状況だと立ち枯れが起きてもおかしくはない。こんなことを防ぐには出来るだけ根を深場に定着させることがいいのではないかと気付く。

  こうすれば苗が小さいとか移植が遅れたとかの条件もある程度克服できると解釈した。それだから今回は1株1株丁寧に移植をした。草削りに使う道具を穴掘りに使い、そこに根を入れ込むのである。そのときその根に軽く土を掛け、根が穴の下に落ち着くと苗を少し引き上げ根が縦に伸びるようにする。

  縦に伸びたタマネギ苗の根の付け根が、少し土に埋まる程度に引き上げたところで、本格的な埋め戻しをする。今回はこんな丁寧な移植を行った。以前なら指で少し穴を掘り、根が横であろうが切れていようがお構いなく埋め込んだ。根の埋め込みが浅ければ霜柱の被害を受けると言うことに気づかなかった。

  根を横に並べるような植え方をしても、早めに移植をしたならば根が伸びていくと考えられる。寒さが近づいてくるような時の移植は、こんなことに気をつけなければならないと思うようになった。こんな苦労が作物作りの醍醐味かもしれない。最後に種蒔きしたタマネギ苗はまだ小さい。これをこんな丁寧な植え方でやって、今春温床で育てた春蒔きタマネギよりいい成績を収めたいと考えている。




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