2011年03月31日

オイ、早くも蛇かよ、


2月に植えたジャガイモの芽も出ないというのに

 蛇が寝泊りする畑の小屋にやってくることはわかっている。昨年は大きな青大将が2匹もトタン屋根の下の「梁」に陣取っていたのを機会に、この小屋からもっと開放的な土間のほうに寝どころを移した。今年はまだ寒いので、まさかこんな寒い時期に蛇が出ると言うことは想定していなかっただけに驚いた。

  昨年は3月26日にサギの営巣が始まったのを覚えている。今年はまだサギの声を聞いていないし、2月26日に種植えしたジャガイモも芽はつけてはいるが、まだ地中で準備中で表に顔を出していない。今年はかなり寒い年であるという認識が強いので、まだ蛇の季節は後のことだと思っていただけにビックリした。

  トタン張りの戸を開けると小振りな蛇がいた。このトタンに伝わる暖かさを取り入れていたのだろうか、その蛇を目の細かい熊手で外に搔きだした。この熊手めがけて鎌首を縮めて飛び掛る姿勢をとる。この蛇は猛毒でないにしても毒をもつ蛇ではないかと思う。攻撃性がもろに出ているのだから気をつけて扱った。

  蛇も生物循環の一環でやたらに殺したくはない。けれど一緒に寝ようと布団などにもぐりこんでくる。布団は暖かいのでもぐりこんでいたことがある。それだけに小屋に入り込む蛇には死んでもらうことが多い。もう嫌な蛇も出てくる季節になったのか、今年は3月30日にそれを確認した。

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鎌首をもたげ攻撃姿勢の蛇



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2011年03月30日

冬水田んぼの不耕起普及会の活動家を訪ねて


岩沢信夫氏はこの農法は苗作り8分、他の世話3分と

 不耕起農法普及会の活動家・岡沢成郎氏宅に自然交遊会の案内状を持参して、最近の原発のことや不耕起農法のことを話し合った。その話し合いの中でチェルノブイリ原発事故から1年たったころ、福岡に住む主婦が原発について書いた手紙を「まだ、まにあうのなら」と言う内容で1冊の本を出版したものを頂いた。 

 大変参考になる本だから自費で100冊ほど買ったという。原発に関心持つ人に配ってほしいといわれ、10冊ほど頂いてきた。福島原発が深刻化していく現在だけに、こんな本を読んでくれる人がいると思う。そんな人に差し上げて皆さんの意識を目覚めさせてほしいと言うのが岡澤さんの思いだ。この岡澤さんは不耕起の農法に限らず原発にも反対の活動をされている方です。 

 話はこの原発から不耕起農法に移る。このところこの岩沢農法は段々知名度があがり携わる人が増えているが、誰でもすぐに沢山取れているわけではないと言う。そのお米が良く採れない一番の原因を、岩沢氏は苗つくりが成功しないからだと指摘しているようです。

  まだ冬の時期に種籾を仕込み育てる過程が問題と言う。2ヶ月の間低温の中で籾の発芽を抑え、気温が急に上昇すればこの温度を抑制しなければ「野生化した苗」が育たないと言う。この苗の野生化にうまく成功すれば間違いなくいいお米が沢山取れ味もいいということである。 

 問題はこの時期に気を抜けば決していい苗が育たない。それだからこんな苗を作ると言うことは大変なことで,苗作りに8分の力を傾注しなくてはならないと言うのです。私は稲作をしていませんが、こんな不耕起農法が普及し、日本の稲作でいいお米が出来ると言うことで、世界で評価される時代が来ればいいと願っているのです。




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2011年03月29日

1ヶ月後に開催する自然交遊会の案内状発送


未曾有の自然災害、この話題が話し合われる会合に

 平和で豊かな暮らしが長く続いていた日本、その日本の東北太平洋側に巨大地震が発生した。すべてが想定外の出来事で、今までの常識が通用しない事態が発生した。地震が巨大であったので津波も巨大であった。地震の被害より津波の被害のほうが大きかったと思う。その上厄介な原発問題を抱え、その困難を今生きている日本人が味わっている。

  今回の災害で電力不足が生じているが、一旦豊かな生活を始めるとなかなか生活程度を下げることは出来ないものだ。豊かな生活と言う意識すら消えうせ、当たり前の生活となっているのだ。地震で流通に支障がおきると物不足が出る。そうすると今すぐ必要でない人までが、これからのことを考えて予備の品物を買う行動をする。

  こんな国難と言われるときに個人の欲求の赴くままに動く人が多いことに驚く。震災地でないところでも物不足と言う事態が発生した。人間の愚かさというものを見せ付けられた気がする。戦中戦後はもっともっとひどい物不足だったが、軍部には物がふんだんに有ったが一般庶民はみんな我慢して生活した。

  そんな時代から言えば物不足なんていえるのかというほど物が溢れている。そんな昔の物不足をくぐってきた私たちが、今の豊かな時代を生きている人に昔の話をするのもいい機会と思う。地震、津波の被害にあわなかった人たちが集まり、これからを日本人としてどのように生きていけばいいのか、真剣に話し合うことも大切なことではないかと思う。

 そんな意味で今度の集いは未曾有の震災を語り、これからは日本人としてどのような生き様にすればいいのか語り合いたい。肥満が大きなテーマとなっている豊かな日本、これからは少し贅肉をそぎ、健康で思いやりがはぐくむような社会が出来るようになって欲しいと願う。豊かさとは一体何かという論議が巻き起こるような会合を目指したい。




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2011年03月28日

27日、畑の仕事はポット苗の保存場所作り 1


この場所作りも面白く時間が経つのを忘れて

 何しろ予算に制限がある。手元にある材料は限られる中で、場所に課せられる条件は凍傷にかからず育つ場所が求められる。もっと暖かくなればこんな問題は一気に解消するのだが、それでは「既に時遅し」である。畑に出かけるときには6,000円位の予算を以ってとりかかるつもりだった。これが予算の関係で断念した。

  良く考えてみると来月は自然交遊会開催月だ。案内状を100通出すとなると切手代でも8,000円は必要だ。これは他への出費に気をつけなければならないなと言うことだ。自分の気持ちだけでは自然交遊会を続けてやれない。1,000円の会費でやっているので、持ち出し覚悟でやっているが、このポット苗の場所作りの予算にブレーキをかけることにした。

  あるのは長めの透明波板、ガラス2枚、この間もらってきた広い面積のビニール、傷みかけた色波板2枚、集会のときに使う椅子に使う材木など、そのほか廃材が主な資材である。まず1枚1,000円で調達する予定だった透明波板を買わないことにした。この代用として、拾ってきて屋根に使っていた長めの波板を半分に切って使うことにした。

  いちいちこれをどう使ってこの場所を作るさまを書くつもりはない。あまり臨機応変なやり方で、1場面だけでも1日分の記事になるほど説明がないと分からないほど臨機応変な工事である。こんなことでは到底できないと言うことになるが、そこをやる面白さを味わうことが楽しい。

  今回の場所作りは波板を使うので、ビニールで作るより雨が管理しやすい。この波板の屋根の下に,暖かくするため拾ってきたビニールで更に囲むことにしている。波板の下が2重構造になると言うことだ。昨日の作業は天井に当たる波板を設置する作業をした。それに従い四角い囲みが出来たのだ。その周りの一つ南側にガラスを使って外側を遮断できた。




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2011年03月27日

ゴボウの移植は成功したようだ


冬草の中から昨年秋移植したゴボウが芽を出した

 やっぱり移植が成功したと感じた。春めいてきたこのごろ、ゴボウが芽を出してきている。種まきしたままの畑でも、又移植した畑でも、又収穫が出来る畑でも、いろいろなゴボウが新しい芽を出している。注目したのは移植したゴボウのことであった。

  ゴボウは買ってきたものでも、土に埋めておくと新鮮さが保てることを知っていた。ゴボウの間引きとか移植は聞いたことがない。種まきしたままで密植気味であれば、少しまばらにするために移植すれば、それなりに太さ調整が出来ると考え、昨年試験的に移植してみた。

  この結果活着した状態を確認できた。素人が種を蒔けばどうしても密と薄がうまく出来ない。間引くと勿体無いので移植したわけだが、この移植が見事証明されて良かった。小さい苗なら簡単に出来る。下に根菜があるだけに活着が容易である。畑が余っているところに移植するといいと思う。

 
 しかもこの移植作業は小さいときがやりやすいが、ある程度大きくなっても活着が容易なので、密植気味のところをあとで修正し、同じ大きさに持っていきたいときに利用すればいいことが分かった。人間普段やらないことは気がつかないものだ。考えれば分かることでも見過ごしがちだ。これはゴボウでの新しい知恵として私の農作業に一つの知恵として加わることになる。




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2011年03月26日

昔イチゴの移植を少し行った


3年振りのイチゴの世話をすることに

 あまりこの昔イチゴの味が気に入り、ジャムだけでなく生貯蔵もしていた。その冷凍品が2年近くもあった。そのためいくら好きでも飽きてきていた。そのためここ2年はこのイチゴの世話も収穫も殆んどしなかった。そこでそろそろ世話をしなければイチゴが草だらけになる恐れが出ていた。

  パートナーからの要請で、私の野菜のフアンの方をこのイチゴの収穫に誘いたいという狙いもあって、イチゴが収穫できるよう世話を頼まれていた。そこで新しいところを掘り返し、まるで開墾のような感じで畑を作った。このところはしばらく作っていなかっただけで、この畑は全くの開墾地ではない。

  そんなところを耕したのだが、ここには肥料はやらない。肥料をやると粒は大きくはなるが味が薄くなるので、日当たりをよくすると味の濃いイチゴが出来る。少し小振りでもこの方の味がいいのだ。生食いを中心にせず、加工品として使うので小振りでも一向に構わない。そんなイチゴ畑が少し出来た。

 いちどにイチゴ畑を作ってしまいたいが、そんなわけにも行かず暇が出来たら、もっとイチゴ畑を拡張したいと思う。こんな移植で草からもこのイチゴ苗が開放され日当たりもよくなる。毎年こんな植え替えをしていたらもっといいイチゴが取れるのだが、時間と手間が足りなくて草が沢山生えたままのイチゴを収穫している。




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2011年03月25日

昨日は畑に出てタマネギ苗のポット植え替え作業 2


ポットに移植した苗を育てる場所が問題

 先日トマトとカボチャの生育場所が、寒さ対策が不十分なため枯らしてしまった。今度はもっと完全なものを作りたいと思っている。防寒がよくても日光が差し込まないような防寒では、又これもよくない。自家発熱が出来ないので、これは日中の日差しだけが頼りだから、これを満たすものを作ることだと思っている。

  これは格安でしかも苗が育つような環境をどう作るかということだ。今年はどうも例年より少し寒いような気がする。せいぜい出来ることはこの苗を覆うのは2重のビニールで覆うくらいなことだと思う。ビニールだけだと雨が降ったら雨の重みで問題が起きる。透明な波板ぐらい5枚ほど買わなくてはならないかもしれない。

  この間の仮置き場はビニールだけでやっていたので、骨組みもないのでほんとにこれは仮置き場で寒かった。今度はもっと本格的に作ろうと考えている。春に向け畑の圃場整備もしなくてはならない。隣の畑仲間は先日サトイモの植え付けをしていた。私はまだ半分くらいしか耕していない状態だ。少しあせっている。

  4月29日には自然交遊会の開催を予定している。この準備をしながら春の畑の準備、温床の中のポット苗の移植など身辺が大分忙しくなってきた。事業でないだけにあまり一生懸命やることもないという自分がいるかと思うと、出来るだけやってみたいというもう一人の自分がいる。

  少し忙し目の人生がいい。それが私の目標だが、少し無理を承知で始めた温床もここまで来れば少し私の想定を超えた忙しさだ。それでも原発の想定外は大変困るが、私の場合は疲れる程度のことだ。畑作をやるものにとり放射能の問題は深刻だ。これは国民みんなが深刻ということだろう。こんな災難はこれからは深刻にならず去って欲しいものだ。 




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2011年03月24日

昨日は畑に出てタマネギ苗のポット植え替え作業 1


今年2月初旬種まきしたもので、今年の収穫を目指すため

 昨年の秋の初めに種まきした苗は、肥料のやりすぎと野鳥のヌカ餌堀による被害で苗枯れ事件が起きた。その苗を再栽培しようと昨年末に企画したもので、早春に温床に種蒔きしそれを育てるというものあった。その種を2月6日に温床に蒔いた。今、温床のタマネギ苗が昨年タマネギ苗を移植した当時くらい苗が大きくなってきた。

 
 その苗をポットに移植する作業をしたのだ。通常の場合タマネギにこんな丁寧なことはしない。今回は限られた時間内にどれだけいい収穫を上げられるのか試しているのだから、労力をいとわないでやっている。通常のタマネギの育て方を鈍行列車にたとえたとすると、この育て方は急行列車ということになるだろう。

  通常苗屋さんでタマネギ苗を買うと、ポットに10本くらい苗が植わっているが、今回の私のポット移植は1本である。このようにしてポットで丈夫に活着させたものを移植するつもりである。露地に移植したときにはすく問題なく根付くので、生育に好条件と思ってこんな手の込んだことをするのだ。

  タマネギの収穫は5月末ごろには終わる。それまで2ヶ月あまりしかない。もし順調に育たない場合には6月にずれ込むことも想定しているが、温床で丈夫でしかも太く苗を育てることが肝心なことかと思っている。苗としてポットに植え替えるだけでも相当の数をポットに植えなくてはならない。

  昨日はスコップで畑を掘り起こす作業が疲れたので、この時間をポット苗移植作業に当てた。44個を植え替え温床内に保存した。苗は500本以上あるので問題はこの植え替えた苗をどこで育てるかだ。先日トマトとカボチャの移植苗を暫定的な置き場に置いて寒さで枯らしてしまった。この場所が問題になってくる。




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2011年03月23日

昨年末植えたタマネギの状態 


草取りを兼ねてタマネギの実態を探った

 冬の寒さが緩み段々暖かくなってきたのでタマネギ畑の草取りをした。同じときに種まきして植えた黄色タマネギと赤タマネギとで、その植え付け後の成績が違っていた。黄色タマネギは随分消滅していたが、赤タマネギは成績が良かった。タマネギでも強いものと弱い種類が存在することが分かった。

  赤タマネギは殆んど消えてなくなることはなかったが、黄色タマネギはいろいろな理由で消えていた。まばらに残ったタマネギを纏める必要が出てきている。それほどまばらになったということである。ヌカの投入が過ぎ、その上すぐに移植したのがよくなかったと反省している。

 野鳥がこのヌカに混じる砕かれた米を食べるため、タマネギの根を掘り起こしたので枯れるのは当たり前であった。なぜこんなにヌカを撒けば野鳥が多く来るのか不思議であった。そこでヌカを良く観察をした。最近は昔の精米と違いお米をかなり白くする。そんな精米が米の砕けた小粒が混じるヌカとなる。

  昔のヌカはフワフワであったが、最近のヌカはかなり重い感じである。それは精白を強化したので、米の表面を無理に削り取るようにするから砕けた米粒が混じることになる。こんな米粒がかなり沢山混じる白いヌカに遭遇することもある。こんなヌカは野鳥が喜ぶヌカであることに気づいた。

 タマネギの出来はよくなかったが、野鳥の襲来からこんなことを学ぶことが出来た。戦後はこんなことはなかった。こんなことで日本が豊かになったと感じる一瞬である。しかしこんなことに慣れきって今を生きれば、それは豊かさに気づけないことである。うまく出来なかったタマネギ栽培も、見方を変えると又楽しい世界だ。




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2011年03月22日

ネギの植え方は最初にあまり深く土かけしない


少し根元に土掛けしておく、これでいいのだ

 ネギはどの家庭でも常備野菜として欲しいものだ。私もこのところ毎年作るようにしている。小振りでも自家製のネギをパートナーが美味しいと高く評価してくれるので、今年は沢山作ろうと張り切って植え込んだ。この場合の経験を書いておこう。

  ネギを植えるための特別の道具を持ち合わしていないので、スコップで深めの穴を掘った。どうせ忙しくなればろくな土掛けはできないと踏んで、深めの穴だとここに土が崩れ落ちて丁度いい具合に土が埋め込まれると計算してのことだ。これでも結構白根が出来ると踏んでのことだ。この植え更に土賭けができれば白根が延びる計算だ。

  この深い穴にネギを並べて植えるわけだが、この植えたあとあまり大目の土掛けはよくありません。なぜかというと初めに土を多く掛けるとネギの苗揃いが悪くなるからである。苗を植えるとき苗を真直ぐに全部置くことはかなり面倒です。少し横向いていてもいい。それより植える間隔が不ぞろいは困る。

  それはネギ苗を植えてしばらくすると苗が直立方向に立ってきます。そのとき間隔不ぞろいだとネギの間隔が不揃いになり生育に影響します。それに引き換え間隔は気にするべきだが、横に倒れ掛かっているものはあまり気にしなくてもいいということです。苗が元気になるとみんな天を向いて直立するからです。

  こんな苗の育てようとするとき、土が多いと苗が根元から直立せず、途中から立つということでになる。これでは曲がったネギを作ることになります。家庭で利用するとはいえ、曲がったネギは作りにくいし見た目にもよくありません。こうして苗が少しの土賭けで過ごしているうち直立してきたら、そのときが深く土賭けするチャンスです。




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2011年03月21日

ヤマウドを苗に育てようと買った


過去にもスーパーで買ったものが発根した経験

 地震から10日経った街の雰囲気を見たく町に出た。そのときにスーパーを覗いた。物不足が伝えられているが、食パンが沢山入荷していて、1人1袋という制限はあるが品物は沢山あった。春分の日とあって休日なのに普段より買い物客が多いようだ。時間帯により商品はたくさんあるようで、この騒動は間もなく落ち行いてくる気がする。

  そのときに生鮮売り場を覗いたらウドが売られていた。ウドといえば以前売られている商品を苗として使った経験がある。今畑に育っているウドは1株しかなく、このウドは昨年苗を購入したものでまだ株が小さい。それだからこの売られていたウドを苗として育てようと2本買い求めた。実際ウド苗を購入するよりこのヤマウドの野菜を購入し、苗として作るほうが安上がりというものだ。 

 通常のウドは切り株から上を切って出荷しているので、これでは発根しない。私が購入するヤマウドは切り株が残っていて、ここから根が出てくる。必ず成功するとは限らないが、この買ったものを今の時期なら温床に入れておくと発根する。もっと気温が上がれば露地で根が出る。こんなことにいつも気が散るので、いつも畑仕事が忙しく段取りが後手後手に回っている。 

 昨日は畑に出たが、隣の畑仲間がサトイモの植え付けしていた。もうこんな季節が来たのかと思い、ジャガイモの植え付けた種芋の状態を見たら、発芽が始まっていて腐りなど見られなかった。ジャガイモは大丈夫だからサトイモの植え付けに進む時期になったのか、そんなことを知る。自分の畑ではまだサトイモ畑は半分しか耕されていないが、これからは大慌てで残りを耕す仕事をこなす必要を感じた。

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食べるヤマウドを苗に

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2011年03月20日

幅広で厚手の大きなビニールが欲しい


自転車で走行中、商品倉庫で貰い受けた

 温床で育てた苗が寒さで生育が遅れるとは考えていたが、まさか枯れるなどとは想像していなかった、それだけに早急にこの改善に取り組まなくてはならない。それにはこの置き場を覆うビニールの確保が必要である。しかしホームセンターなどで売られているビニールは幅広でも2100ミリ程度のもので、1巻き50000円近くする。

  苗の凍傷が起きる前からこのビニールには頭を悩ましていた。私の畑への通勤道路にはいろいろな商品の倉庫が散在している。いつもは何気なく走っているが、お昼過ぎの時間帯で従業員が1人だけが働いといた。そのため倉庫の内部が良く見え、破棄されるであろう幅広のビニールが見えてきた。

  「あのビニール、いらなければ下さい」と交渉してみた。「傷んだところが有るがよかったら持って行っていい」という返事をもらった。無造作に放り投げた状態のビニールを引き出してみると、厚手だし幅広でホームセンタ−にある買うビニールよりこれはとてもいい。3枚ほどもっていくことにした。

  この保温に適したビニールを持って畑に到着したところ、トマトが全滅でがっかりした。一足先にこのビニールが手に入り、ちゃんとした保存場所ができていたらこんな目に合わなかったかもしれない。これから苗を育てるのにはいい経験になった。又こんな厚手で幅広のビニールは、商品倉庫に行けばもらえる可能性があることも知った。




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2011年03月19日

四川キュウリを栽培してみようと種を買う


この種はカネコ種苗のものだ

 キュウリもナスも戦争のころは美味しいものより多収穫品が推奨された。世の中豊かになってきたときでもあまり変わることがなかった。それが最近は段々こんなところに目が行くようになり、種会社でもそんな視点で種を販売しているのではないかという気がする。そこで新しい種が売られるようになった気がしています。

  最近そんな珍しい種を作っているのではないかと思う「カネコ種苗」という会社の種にそんなことを感じる。多くの店で売られている既存種会社のものでは見られない種をこの会社の種に見つけることが出来るからです。このカネコ種苗の種は、私の住んでいる都市の繁華街の小さなホームセンターで売っていたのです。

  まずこのホームセンターで、カネコ種苗発売の時期はずれに売っているタマネギの種を見つけたのです。いくらタマネギの種を探しても時期はずれだと種は売っていはいない。これが常識です。有ったとしてもそれは売れ残りということです。このカネコ種苗は常備種として販売している姿勢が見えた。

  この種会社は少し違うと関心を持っていたら、今日は「四川キュウリ」「赤ネギ」という種を見つけた。四川とは中国の四川省のことだと思う。早速四川キュウリを買い求めどんな味になるのか試そうと思う。今まで美味しいキュウリに出会ったのはトルコと中国である。柔らかく甘い味で、現地の人が鉄道の旅では果物感覚で食べていたのが印象的だった。

  赤ネギは近所の人が、「道の駅で売られていたが、このネギはおいしいよ」といってくださった。珍しいネギとして増やして食べようと移植しておいた。このネギのことは殆んど分からない。栽培してみたいと関心を持っているので、今回は種を買わなかったが、次に作る種候補としてリストアップしておくことにする。

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カネコ種苗の四川キュウリ



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2011年03月18日

苗簡易置き場のポット苗が厳しい寒さで枯れた


2種類のトマトは全滅、カボチャは少し凍傷

 東北の津波被害の現場で雪が降っていたが、私の畑でも寒かったのか本日畑に到着してみたところ、ひどい凍傷でトマト苗は全滅、カボチャはダメージを受けているが時間がたてば何とか回復できる気がする。少し寒気がやってくると天気予報はあったが、これほど寒さが厳しくなるとは思っていなかった。

  早速カボチャ苗には水をやり、暖かい温床に入れて苗が回復するまでここで育てることにした。トマトも1〜2本の回復がある気がするのでとりあえずこれも温床に入れて回復を待つことにする。本来トマトは丈夫なものだが葉がやられたものから新芽が出てくることはないと思うが、惜しいので温床でどうなるのか見守ることにした。

  もし回復しないとなると新しい種を蒔けばいいと思っている。しかし黒トマトは種を打っていないと思う。この分を枯らしたことが悔やまれる。もしかしたら1本は生き返るかもしれない。そうすれば種だけは今年も取れるので、希望を持つことにしてこの傷んだ黒トマト苗を温床の中にしまった。

  松山の弟が今から種まきしても多分無理というハクサイの発芽があった。案外外気が寒い間、温床を使えばかなり追いつくのではないかという気がする。トマト苗など枯らしてがっかりしたが、又新しいハクサイの発芽があったりして気分が転換できた。畑はいつもこんな静かな変化もあって飽きないものだ。




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2011年03月17日

岩沢不耕起農法と飛騨産「龍の瞳」の話


不耕起農法普及会の岡沢成郎の話によると

 今年の1月2日、新年早々に岩沢信夫氏の講演会が長野県千曲市で開催されるとこのブログに書いた。その会合は2月20にあったが、その会合の模様を不耕起普及会の世話人である岡沢成郎氏に伺った。地方都市での開催なので参加者が少ないのではないかと心配していたという。

 そんな心配をよそに、会場の座席のほぼ満席300人の参加者があり、盛況であったという話を伺った。この不耕起農法の団体では、この農法を教える塾を持ち、この会の本拠地で教えている。長野県から千葉県は遠いので長野県内で開催できないかという話が持ち上がり、これが実現することになったという。

  その話のついでに私から、朝日新聞に載った飛騨産の大粒のお米「龍の瞳」の話をした。そしたら岡沢さんの情報として、「龍の瞳」のお米の発見者今井隆氏が冬水田んぼ提唱の不耕起農法家の岩沢信夫さんを訪ね、いろいろお話をしたという話が届いた。これは面白い提携になるのかと私の関心を引く。

  通常のお米でも冬水田んぼで育て、化学肥料を使わず無農薬栽培すれば銘柄米を作り出せている。その上「龍の瞳」のような大粒のお米と結びつけばかなり面白い話になるぞと考える。その二人の話の顛末については詳しくは聞いていない。今後日本の過剰なお米が海外に出て行くのには、こんな連携は大変な力になるのではないか、と私はひとりガッテンしている。

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岩沢信夫氏の不耕起農法の放送及び講演会のお知らせ

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大粒で美味が話題の飛騨産「龍の瞳」







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2011年03月16日

なんとなく畑に向かう気持ちが福島原発で揺らぐ


炉心溶融や炉心爆発でもあれば

 アメリカのスリーマイル島の炉心溶融や旧ソ連のチェルノヴィリの炉心爆発という大惨事を想起する。そんな事態が段々近づいてきている気がする。それが今回の想定外の津波による原発被害である。利用価値の高いものはこんな人間のコントロールを離れたときには暴発することになると思う。

  化学の勉強で「反応力のあるものほど、いろいろなものと化学反応をおこし有用な物質という」ことを教わった。いろいろなものと結びつきやすいので新しいものが作れるということだ。この一番反応の活発なものが爆薬と習った。ここまでくれば反応速度が問題になり、コントロールに苦しむ。

  原発は爆薬程度などと比べ物にならないエネルギーを出す話だ。人間のコントロールで以ってそれを抑制して使おうということだ。今回このエネルギーを使おうとして4系統の電源をダブらせて冷却用の電源として確保していた。ところがこの何れの電源系統も津波という想定外のこことで冷却出来なくなった。

  こんな巨大なエネルギーを持つものを使いこなすためには、想定外というようなことがあれば破滅に近くなる話ではないか。それだけにこんな危険のものは利用しないという風に向かうのか、それと反対にうまくコントロールすれば何とかなると見てこれに手を染めるという道を選択するのかということだ。

  文明はこんな危険を冒す中に、失敗し犠牲を払いながら成長をしていくということでもある。これはあくまで一般論であって私はこんな選択をしない道を主張して来た。しかし現実は国家がこの原発を利用する選択をした。チェルノブイリから300キロまで濃い放射能が流れている。福島原発から東京は200キロだ。こんなことを考えると今は動く元気が出ない。




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2011年03月15日

ポットに植え温床で順調に育つ苗たち


4日振りに苗たちとのご対面

 畑に到着すれば早速苗とのご対面である。暗い気分も吹き飛ぶ、オオ!随分大きくなったな!という気分で苗たちとご対面をする。特にカボチャの生育力は強く植木鉢の底から白い根が出ている。葉も倍くらいに大きく育っている感じがする。これでは少し生育条件を下げ、育ちを抑制する必要があると考えた。

  黒トマト、フルーツトマトとも順調に育っているが、まだ徒長しているという感じはない。しかし温床でいつまでも育てることは出来ない。もうここまで大きくなれば時間をかけ大きくなってもらう他ない。温床から出して新しくビニールで覆ったところを作った。夜は露地よりは暖かいのでここで育てることにした。

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カボチャの育ち具合 フルーツトマト苗  黒トマト苗




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2011年03月14日

14日は日帰りで畑に行ってきた


ハクサイの種を買いこの種をポットに植えた

 昨日の畑の状況を15日になって書く。福島原発のことがテレビではかなり深刻と捉えられ、畑での趣味の話にはどうも気乗りがしない。それほどこの原発の問題はどうしようもないほどの問題を抱えている感じがする。しかしあまりこんなことを気にしても仕方がない。ノー天気で生きるほうが良い場合もある。

  そんな気分だがこの事態はいずれはっきりすることだろう。今まで1,500回以上も掲載して来たブログだ。今日も書くことにする。昨日は松山にいる弟と話したところ、春に結球ハクサイを作ってうまく出来た話を聞いた。私もハクサイが好きだから作ろうと種を買った。

  その種をポットに植え温床で育てることにした。ある程度大きくなったら畑に移植しようという計画だ。松山の弟はハクサイ苗が売られているのを買って育てるようだが、問題は花芽が結球せずに出るときがあるというのだ。それだけに急いで育てないとダメということを言っていた。

  こんな作業を熱心にやっているときには夢中だが、自宅に帰りいろいろな福島原発の情報が入ってくるに従い、放射能汚染が東京にも流れてきているというアングラ情報が届いている。そんな暗い情報が流れてきて、先の見えないことでは精が出ない。巨大地震・津波も厄介だが原発の事故も気になる。




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2011年03月13日

巨大地震と趣味の農業の将来を考える


日時が経つに従い被害の甚大さが目立つ

 再度の地震や津波の不安もあるが、原発の放射能の心配も相当気になる。第2次大戦後経験した停電が明日から始まるようだ。そんな生きている人の悩みなど小さなものかもしれない。多くの人が津波の犠牲となった。想定できなかった大きさの地震で逃げ切れなかった人が多数いたということだ。

  この困難は日本が第2次大戦後初めて経験する困難になるかもしれない。今回の地震や津波の死亡者が万単位になることが予想されている。その上住んでいた家や事業をしていたところが壊滅している。また臨海部に作られた工場や港湾施設がかなりの面積にわたり被害を受けた。

  素人の私が考えたって、これは日本に取りかなりなダメージであることが分かる。地震前の政治家の政争にうんざりしていた。日本が沈没しかけていて若者に仕事がなくてまともな生活が出来ない状況になっていた。それにもかかわらず政治家は自党の主張ばかりを優先し、小さな違いを乗り越えられずこのままでは日本丸は沈没するのではないかと思っていた。

  そんな危惧を抱いていたのは私だけではなかったようだ。今日銭湯に行った際見知らぬ人に「政治家があんな馬鹿なことしか出来ないので天は罰を与えたのだ」とこの地震の被害のことをそういう人がいた。立場を超え出来ることで合意を取り付け、何とかみんなのためになることをしなくてはならないということだ。

  国民の一人として我々趣味の農業をやる人たちも少し心構えを入れ替えて取り組む必要があると思う。消費は美徳、消費が経済効果をもたらすというようなバブル期に通用した経済理念は放棄し、節約を旨とする生きざまを取り入れる必要があるのではないかと思う。

  被害を受けた地域では農業生産も低下するはず。国民が飢えるとまでは言わないでも農産物が不足する時代が来るかも知れない。外国産が安く手に入ってもそれに見合う所得がないかもしれない。そんなときには自活できるとまでは行かないが、少しは経済的に助かる農業になるかも知れない。我々のやっている趣味の農業もそんな変質を迫られる気がする。




posted by 農耕民 at 23:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月12日

温床の中はポット苗が一杯だ 温床の中はポット苗が一杯だ


ポット苗の移動先を確保する必要

 特にカボチャは苗が大きく早く育つ。それだけに夜は少し寒くても日中は何んとか暖かい場所となるところを確保する必要が出てきた。何しろあまり立派な場所を作れば予算も掛かるし、その建設には時間も掛かる。そこである材料でとりあえず囲いを作ってみた。雨が降らないときにはいいが、雨が降ればビニールの上に雨がたまる。沢山たまるとビニールが背負えない雨を溜め込むので、これがドシャーと落ちる恐れが大である。こんな条件はクリアしたい。

  そこで寒さを防ぎ、雨は保管場所に落ちることは仕方がないとして妥協することにする。その上強い風に飛ばされないようにしたい。それほど簡単のおき場所を作りたいのである。もうこれからは春が来て暖かくなる季節だ。夜には寒くても日中の日向が暖かいのでこの程度の仕掛けでやってみることにする。

  この間帰る間際に簡単に作ってみた。雨が問題、風が吹くとビニールがはがれるなど実際に使えるかどうか分からない代物だ。けれど風で吹き飛ばされないようにするためには、建設現場で使うネットでビニールを抑えた。この場合は雨のときが一番問題になるのだろうと思っている。

  そんなことで次回に行ったときにはとりあえず使ってみることにする。雨の水は落ちてくるものとしておこう。とりあえずやりながら改善をしていこうと思っている。とりあえず大きな植木鉢のカボチャを温床から出さないことには次の場所が確保できない。次には水ナス、シシトウ、タマネギの移植が待っているのだ。

        002.JPG     003.JPG
    カボチャ苗の移植分   トマト苗の移植分

posted by 農耕民 at 20:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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