2009年11月10日

畑に人を呼びたいが、果たして興味を持つか? 2


 この時代いま一つ自分の生きざまが定まらない……。

 Mさんという女性の話だ。昨年栗が採れる時期に栗を差し上げたいと電話したところ、栗を取りに行きたいという話が伝わってきた。こんな対応をする人は珍しいので、半分は信用し、半分は本気でないと考えていたところ本当に畑に来た。その時の話から始めます。

  このMさんは2度ほど自然交遊会に参加し、畑の場所は大体把握していると考えていたのだが、これが順調に行かなかった。それでもタクシーを拾ってやっと到着した。しかも現場に到着しているというのに、行き過ぎるような感覚で全く昔の来た時の様子は思い出されないようでした。こんな感覚がまた面白い人です。

  蚊が沢山いるので、蚊除けスプレーなどは持参し、装束なども準備万端であった。もう一人の女性Tさんも参加した。この方は毎年栗の時期に決まって現れる人です。見知らぬ間柄の仲でも女性同士すぐに仲良くなった。Tさんは自分の収穫量に満足すると帰って行った。しかしMさんは夕暮まで頑張り私もそれにつきあった。こんな様をみるとMさんは面白ければのめり込むタイプと判断した。

  元来Mさんは栗が好きのようですが、ここに来るまでも栗を買って自宅にあるという。今回も新鮮な栗の味などを評価することなどをせず、この間買った栗は硬かったなどとポツリという程度の方です。通常の主婦は事細かにその違いを申告し、評価してくれます。けれどこの方はこんな話は話題にも登らない方です。

  翌日、通常の場合楽しかったとか、迷惑をかけたとかというような便りや電話が届くのが通常の付き合いですが、この人は何の連絡のなくその後どうしたのかと思いたくなるほど、何の音沙汰もありません。「普通の場合、これから付き合おうするときはなんか連絡があるものだよ。あんたは少し違うね。」といっても格別気にする様子もない。この辺も大陸的であまり気にせず付き合える人のような気がする。

  私はこんな俗世間のルールを尊重しない方でも、この方は面白いキャラクターがあるという気がして、パソコンをやらないか、自然交遊会に参加しないかなどと呼びかけています。このMさんは「今自分が何をすればいいのか、情熱の持って行き場がない」ということをいっています。いま日本の多くの人がこんな魂の中で生きている気がする。

  パソコンではその情熱をぶつける対象でないから、いま一つ乗れないのだと思う。このMさんに向かって思い切って「自転車で畑に来ないか」と訴えてみた。それへの反応はいま一つで、真っ向否定するでもない状態です。けれど来春の自然交遊会には、前夜からの泊まり込みには参加するということを表明している。こんなことで縁が深まっていくのであろうか?その行く方に期待する。




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2009年11月09日

畑に人を呼びたいが、果たして興味を持つか? 1


 

土や畑は生きざまの原点のような気がするので……。

 先日もう70歳になるというKさんというご婦人を、私とパートナでこの人の住まいの町を訪れた。この方はこのところ足をくじいたとか捻挫したということで、好きな卓球もできなくなり、寄る年並みの悲哀を味わっていた。「自分もいつ死んでもいいように、持ち物を片づけたりして身辺整理をせねば」ということを漏らした。

  今まで通常のご婦人よりKさんは元気で、自叙伝や旅行記の自主出版などもやりたいなどと漏らした時期があったのに、これはどうしたことかといぶかった。それは体に自信が持てなくなったからではないかと想像した。日常の生活はと聞くと、海外旅行が趣味でかなりの達人だ。ツアー旅行などではなく個人旅行風にステイをこなすベテランに属する方です。

  日本にいるときは卓球、社交ダンスなどをこなし、若い部類に属す方です。その方が元気をなくしたのはなぜだろうかと考えた。私は「人間生きているうちは体を動かすことが大切だ。それだから私は2時間もかけ自転車で畑にいき農作業をしている。おかげでとても元気で過ごせている」といい「Kさんもこれから自転車で畑に来ないかね」と呼びかけたところ、意外にもおもしろい反応が返ってきた。

  その私の呼びかけにKさんは「70歳を機に心機一転、自転車で行くようにする。その時期は春からにする」という返事でした。まさかこんな返事が返ってくるとは思いもしませんでしたので私のほうが戸惑った。「死に支度」でもしなければと考えた人です。同じ生きるなら元来元気な生きざまをするはずのKさんですから、よく考えるとこんな選択も当然な気がします。

  これも私のほうが7歳も年上ですが、私は今ますます元気で自転車で畑に通っているのです。この雰囲気に押されてこの回答をしたのか分かりませんが、いずれにしても畑の持つパワーが、こんな「自転車で畑にいこうかな」というような珍しい答えをくれたものと感じます。たとえこの話が不発に終わっても、こんな話に飛び付く人もいることで私の方も勇気百倍です。これからドシドシ畑行きの志願者が増えるよう働き掛けたいと思っている。




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2009年11月08日

自然交遊会の片づけ中、珍しいクモを見つけた


 アリと思ったら、下に落ちる時糸を出して降りた

 自然交遊会の後片付けのため、一気に片付かないためとりあえず小屋のエリアに運び込み、他からのいたずらを防いだ状態だった。雨が近いうち降るという話なので、これにシートかけをしようと薪を覆っていた車用シートを移動させた。ところがこのシートにアリが2種類いるのに気がついた。一匹の方は黒いいつもみる小ぶりなアリだった。

  もう一つは黒いというより少し茶色がかったアリでした。今まで見たこともないアリの色だった。このアリは外来種のアリかな?そんな感じを持って捕まえてみようとした。ところが逃げ足は普通のアリより早い。このシートの端に来らそこを伝って下りるのが普通のアリのはずです。ところがこのアリは落差のあるところから一気に下に落ちたのです。

  こんなアリはみたことがない。しかも一条の糸を引いているのです。やっと捕まえたこのアリは普通のありより柔らかいのだ。簡単に潰れる。それは通常のありより柔らかい体である。あまりに小さいアリのような感じのものだから、初めはこれはてっきりありと思ったが、これはクモの巣を張らないクモではないかと推定しました。

  クモにもネットを作らないものがあることをつい最近だが知った。今回もまた新しい出会いがあった。夏場にはドラム缶の水溜めにしばらく水に潜るクモがいたことも思い出した。このアリのようなクモは自然交遊会用の腐った薪から出てくる生き物を狙うクモなのか、そんな想像がとめどとなくめぐる。よく観察すると、自然の営みは尽きない。このクモはすでに知られているクモだろうが、私にとっては新しい世界を切り開いてくれたものとして親近感を覚える。

  そのほかに話題として、春に使ったヨシを保存した中に、セミの抜け殻もあった。だがセミについてはみんなよく知っているので省略するが、あまり見かけない蛾と思われる抜け殻をみかけた。この写真は載せましょう。こんなものはみたこともある気がするが、このところ初心者の如くその好奇心がいろいろな方向にいくので、こんな行動の一環として、つまらないものとして聞き流してください。

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この分はクモらしく  これはアリかハチだ 蛾の蛹で羽化した後


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2009年11月07日

ヨシ集会小屋の解体をし、このヨシの保存をした


 継続はいろいろな方法を生みだし、改善が進む

 自然交遊会ではこれで2回目のヨシのパオ作りとなった。まず春にヨシを刈るということは昨年のヨシを刈ることである。もう春には葉が落ちたヨシの幹だけが残っている、それを刈ることになる。葉が残っていれば風通しが悪くなるので保温効果がよくなるはずです。今回のように秋に刈るとそれはそれなりに防寒対策上大変いい役割を果たしているものを刈り取ることができた。

 
 葉付きで生とあれば嵩張るので割合刈り取るのに手間を必要としなかった。この刈ったヨシを干しておけば軽くて腐りにくい。春には落ちている葉を刈ったヨシにアンコとして詰め込んで、風をできるだけ通さないようにしたことです。その上にこのヨシと思われる草がどうも純粋のヨシでないらしく、カヤとヨシの「合いの子」の混じった性質を持っています。

  秋には葉がよく茂っていますが、これをうまく活用したいと考えています。未成熟のものは背が低くこれを刈り取れば、比較的低いところの風除け効果を狙った材料として使えます。また腰かけの座布団としても役立つことに気が付きました。春と秋ではヨシの姿が全くちがった様相を見せ、春には考えられなかった展開が秋には待っていました。

  このヨシをどうすればうまく小屋にセットできるのか、それも課題です。春には刈り取ったものをブロックにはせず、まんべんなく並べていく手法をとりました。しかしこのやり方で強風が吹けばヨシが風下に集まり、元通りにすることが大変でした。次からは小束にまとめておき、これを並べていこうと考えています。そのために今回は小束にセットしたせいで片づけには時間がかかりました。けれど次回からはもっと扱いやすい状態が来るものと考えています。

  継続することでだんだんノウハウが貯まるということです。こんなことが面倒だと受け取るのか、だんだん効率的になっていく姿を楽しんで生きていくのか、そこに人生の生きていく意味を見出せば、結構楽しいものだということです。昨日こんなにして整理保存したヨシのブロックが4つできました。出来上がったのが暗くなってからです。写真は後日追加します。 



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2009年11月06日

畑での集会のため作業小屋に寝て感じたこと


 止むを得ず作業小屋に泊まったが・・・

帰ると突然強風と共に冷たい雨が降りだし、自転車でも電車でも帰宅できるような状況ではなかった。少し雨にぬれた体は寒くてガタガタ震えが来た。弱い人はここで風邪をひくような寒さであったが、私は物置小屋に入り携帯コンロで体を温めた。

  強風のため折角できていたヨシのパオはかなり傷んだ。まだ料理用の水も用意していないし、お釜のご飯用の米も洗っていないなど考えれば、これは寒くて雨だということが重なり帰れないという判断に傾く。そこで取り合えず物置小屋を見回すと足は伸びるが何とか布団はしける空間ができることが分かる。春にヨシのパオで寝た経験から、不要になった寝具を少しずつ集めていたので、夜具の心配はなかった。

  けれどこの小屋にはネズミやヘビが既に済み付いている可能性があるので、何となくここで寝るのはさすがの私でもあまり気分は良くなかった。それでもつかれていたので暗くなるとすぐに寝る支度をして横になった。初めは冷えた体はなかなか暖まらず寝つきが悪かった。それでも午前1時過ぎには目がさめ、リヤカーで以ってポリタンク4個を積み近くの公園に「もらい水」に出かけた。

 ここで感じることだが、パソコンもなし、テレビもなしという生活を体験できたということです。昔はこんな生活だったな、そんな思いがよぎります。たまにはこんな便利な生活から遠ざかってみるのもいい気がしました。こんな不便な生活が新鮮に感じたのです。おいしいものから遠ざかり飽食から解放されます。いろいろな情報から遮断されます。

  なにもこれからネズミやヘビとの共存をしなくても、少し小屋を見回せばこんな侵入路がたくさん見つかりますので、これを防げばいいということも分かります。これからは必要とあれば電池の蓄電能力がアップしなすので、明かり付きの小屋の維持もそう遠くない気がします。こうすればノートパソコンを持ち込むことも容易です。新しい生活がまた展開する気がして楽しみが広がっています。




posted by 農耕民 at 14:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

自然交遊会のお話を書きます 3


大皿、大鉄板の出番はなかった


 いつも威力を発揮する大鉄板の出番が今回はなかった。一応お好み焼きやホットケーキを一度にたくさん焼くことができる代物である。この大鉄板の出番を待つよう準備していたが、料理人がこのことまで力を配分できるほど時間がなかった。しかしてんぷらが好評でこれを作ることでも時間を要した。写真に見る限りテンプラは最後の一つも残らないほどよかったので、写真でご覧の如く入れ物のザルには一つも残っていない。


 
 宴会用の大皿などの準備をしていたが、これも出番がなかった。開催時間までにこの容器を洗い終えることができていなかったので、てんぷらを揚げている人は、梅干しなどを干す大ザルを使ったのです。これなど臨機応変の知恵で、こんな場所で知恵を働かせて会場の場所にあった動きをしてくれたと感心する。こんな場所にはこれに対応した働きができる人が登場するものですね。通常の体験ではこんな対応は生まれないと思う。
 
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大ザルでテンプラを 出番がない大鉄板  出番がない大容器

 

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2009年11月04日

自然交遊会のお話を書きます 2


 頂いた珍しいマコモダケの話を書く

 山形の伊藤義隆さんからマコモダケという野菜が届いた。この野菜は大変珍しく多くの方がまだあまり食べたことはない。私などは見るのは初めてであった。昨年山形で自然交遊会を開催してくれた際、田んぼの耕運機が活動できない四角い田んぼの四隅に植えられていたのが、このマコモとの出会いである。このときには葉がついていた草という感じであまり意識していなかった。

  ところがこれがこんな形の食品になるとは知らず、今回が食べ物としてのマコモダケとして初めて認知したような有様です。マコモダケという「ダケ」というのはキノコにつける名前です。つまりこのマコモダケはキノコの一種ということです。都会ではあまり売られていることをみたことはなく,まだなじみは少ない。このマコモダケは今後かなり脚光を浴びることだと伊藤さんは明言しておりました。

  味は淡い甘さがあり生で食べることができ、硬めの野菜のためテンプラにも使え、食べた人からは案外頂けるという評判でした。このマコモダケについて、家庭の主婦で料理の腕はコンクール入賞の常連ですが、この方でもマコモダケについては珍しいということで、ブログを書いております。ネットで調べ黒い斑点などのついても参考になるのでみてください。リンクしておきます。

まこも


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全体像を写したもの 横に切った切り口  縦割りした状態


posted by 農耕民 at 12:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

自然交遊会のお話を書きます 1


 前日まで雨風が強くその上寒さが厳しい状況

 今までの秋の開催状況と一変し、厳しい気象状況であった。せっかく遠いところから来ていただくのだから、寒さに震えるようではとその対策が増えていく。ヨシのパオは春には風がなかったので、こんな程度のパオでいいと考えていたので、あまりヨシを固定していなかった。こんな不完全な作業では大風が吹きヨシのパオが破損した。当日までこの修復作業が2回続いた。

  その上こんな作業を前日から手伝ってくれる人を募っていたのだが、希望者は出なかった。 寒いので無理からぬことだと思う。ヨシだけで会場を囲むだけでは寒さ対策は無理と考え、このヨシの外側にテントやブルーシートなどを張り、風を通さないような対策も増えた。いろいろな素材を外側の風よけに使ったので、このヨシのパオの外観は貧相で、林の中のホームレス小屋のようであった。

  また寒さ対策の一つとして炭火の火鉢を設置した。できればドラム缶の半分の火鉢を考えたが、この調達がうまくいかない。何か廃物利用がないものかと考え、近所の道路わきの草の陰にドラム缶を見つけた。けれどこの切断のことを考えると大変さが想像されるのでやめた。恰好の火鉢には昔味噌作りに使ったものと思われる巨大釜を使うことのした。この釜は普段は水ために使っていたものでした。

  この釜はいずれ多くの人が参加した場合に、この釜の出番があるのかな、そんな感じで出番を待っている代物です。これを火鉢として使ってみました。この火鉢の活躍で、焼き魚を焼いたり、ヤキトリを温めることができた。こんなことで巨大釜の火鉢の稼働で何とか日中はしのげたが、夕刻になり日が傾くとかなり寒くなり、日が沈むころには皆さんは寒くなり退散した。

  春は40名余りの集まりであったが、今回は30名足らずでしたので、春にはやらない個人紹介もできました。こじんまりしたときには、それはそれなりにいい雰囲気もできるものです。春の会合から手際のいい女性が参加してくださり、この人の腕前はプロかそれ以上の人で、このひとが手伝ってくれ大助かりでした。

  この方のやり方は、戸外の料理にも臨機応変に対応してくれ、皆さんはこの人の手際の良さに驚嘆の声を上げていました。テンプラを一度に大鍋で2030個も上げてくださり、こんな大勢の人の胃袋を満足させてくれる技量の持ち主でした。かなりな量のテンプラが、揚げたてのまま会場にとどき,皆さんが帰られた後、テンプラのうれぐあいをみたら、すべて売り切れていました。

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ヨシのパオ小屋全景 防寒対策のシート  巨大釜の火鉢




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2009年11月02日

定年後ラオスで「ラム酒づくり」に励む人たち 3


最初はバイオエタノールの製造計画にアンチから始まる

 チベットを源流とするメコン河の自然の中で育まれた彼らの笑顔、彼らが作り出す穏やかな時間、いいかげんさが実は良いかげんさであると気づかしてくれるこの国・・・日本のおっちゃんたちは日本で長い間働いてきました、その経験は大切ですが、実績は何の意味もありません、それはもう過去の老廃物でしかないのです。

  もう一度、あなたは何者、あなたは何ができるのと自らに問いかけることから始めました。お酒はその国の大切な酒税と言う財源になりますので、おいそれとは外国の企業には製造許可は与えません、しかしこの国ラオスは日本のおっちゃんたちの思いに賛同してくれ、酒造免許を与えてくれました。

 それに工場建設費、20haの畑の借地費などが、日本のおっちゃんの持ち寄りの資金でやり繰りできたのも、大変ラッキーなことです。日本のおっちゃんたちが、なぜラム酒・・・?

  最初はバイオエタノールの製造計画にアンチする考えから始まったのです、人が食べる大切な食料を燃料に変える理不尽さに気付き、それに巨額の設備費、国策で動くエネルギー問題の複雑さに戸惑い、それじゃあ、日本のおっちゃんたちとしては大好きな酒を造ろうということなったのです。

 
ラム酒は決して上品なお酒ではないといわれます、しかし、私たち日本のおっちゃんが作ったラム酒は、人の喜びや悲しみの傍で、人に喚起や癒しをもたらすものだと自負するものですこのラム酒を作った日本のおっちゃんはもとから呑ん兵です。

 66いろんな種類のお酒を、いろいろな場所、いろいろな人達、いろいろな会話の中で飲んできました。日本のおっちゃんたちのラム酒が、あなたが喜び、あなたが寛ぎ、はたまたあなたが苦しく、辛い場面であなたとあなたの恋人、友達、そして家族ともに呑まれることを願ってやみません。ラオディーLAОDI

 本社/工場:ラオス国ビエンチャン首都パクグム郡ナーソン村 国道南13号線47km
      TEL.021922051 FAX.021922052




 

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2009年11月01日

定年後ラオスで「ラム酒づくり」に励む人たち 2



 日本的なもの、ラオス的のもの、そんな葛藤も………

  私たちが旨いと思うものをお届けしたい!これが私たちの想いです絶対に旨い多くの呑ん兵はこういいました、ウソ?

  だからあなたにも呑んでほしいのです。絶対に旨いラム酒です。ラム酒は農産物加工品です、しっかりとした美味しいサトウキビを作ることから始めます。日本のおっちゃんたちが最初に考えたのは、畝は真直ぐ、農道も整備し、雑草も排除し、美しい農場をつくり、それを目指したのです。

 だがこの国では、畝は曲がりくねり、農道はがたがた、雑草は元気すぎて抜いても抜いても追いつかず、それに一緒に働くラオスの人たちも、いい加減、約束などほったらかし、働くよりも木陰でのんびり・・日本の常識はこの国の非常識!

  しかしその雑草だらけ、がたがたの畑で見事に元気なサトウキビが育ちました。必要以上に人間や自然を管理し、掌握し、整備することの愚かさに気づかされました。こつこつやるヤツ、ごくろん・・・?

 
 いいかげんさが良いかげんさに思えるようになったら、いいラム酒ができ始めたのです。日本のおっちゃんたちが、なぜラス・・・? 明快な答えが見つからないのですが・・・この国が絶対に好きなのです。




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